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人は魂の修行のために転生を繰り返す←これwww

人は魂の修行のために転生を繰り返している。
不幸な環境に生まれる、たとえば親がとんでもないクズだったり、あるいは貧困にあえぐ国で、生まれても食べるものが無くてすぐ死んでしまったり、あるいは重い病気や障害をかかえて生まれてきたりするのも、全ては「修行」のためである。

という(自称)霊能者や宗教家は多い。

しかしこれは間違いである。

魂が転生を繰り返すのは、単なる「暇つぶし」にすぎない。
私と同じようなニートの人なら納得してくれると思うが、何かしなくてはいけない事が無い状態だと、人は「娯楽」に走る。
何もせずにじーっとしている事ほど、苦痛な事はない。
魂というのは不老不死の永遠の「存在」である。
何も食わなくても、息をしなくても生きられるし、そもそも死なないので、病気も怪我も事故にも会わないし、気をつける必要もない。
ただ永遠に宇宙に存在し続けるだけのエネルギー体のようなものだろうか。

つまりこの「魂」の状況というのは、人間で言えばニートに非常に近い。
だからわざわざ不自由な「肉体」というものに宿って、「人生」という困難なゲームをするのだw

そう、つまり「魂」にとって地上の生命体に宿って生きる事は、単なる暇つぶしでしかないのだ。
ニートが日々アニメや漫画やゲームやネットサーフィンばかりしているのと同じなのだ。

じゃあなんで金持ちの家や、イケメン・美女の夫婦の間に生まれたりしないのか?
それは「飽きる」からだ。
そもそも人間だってそうだろう。
最初から恵まれた環境に生まれ、その後の順調に恵まれた人生を歩むというのは、物語にしてみれば「詰まらない」事が分かる。
あるいは食べ物に例えれば、甘い「お菓子」のようなものだが、いくら好きでも毎日・毎食こればっか食ってたら、健康に悪いとかは置いといても、「飽きる」だろう。
物語には「悲劇」や「ホラー」などのようなものもあるし、そういうのが好きな人も居る。
食べ物だって「辛い」ものが好きな人や、「すっぱい」ものが好きな人も居る。
そうじゃない人だって、たまにはそういうものを見たい・食べたい気分になるし、そうするだろう。

これが、わざわざ不幸な環境に望んで生まれてくる「魂」が居る事の理由だ。

ちなみに「辛い」という味は、基本的には「不快」であり「避ける」べきものなのだ、自然界では。
その証拠に、唐辛子の辛味成分を元にした「農薬」というのがある。
害虫が「辛い」のを嫌って寄り付かなくなるからだ。

カライとツライは漢字で書くとどちらも「辛い」だw
つまりツライ人生というのは、カライ人生とも言える。
単なる偶然の言葉遊びであるが、なかなか真実を突いているのではないだろうか?w
こう考えると、ツライというのは人生におけるスパイスの一種であるとも思えるだろう。

もし本当に「魂」という人間の、いやすべての生命の本体のような、永遠に存在し続けられる不滅のエネルギー体のようなものがあり、それが転生を繰り返しているのであれば、その理由は単なる「暇つぶし」である。

魂の状態では、「心地よい」とか「嬉しい」とか「楽しい」とかってプラスの感情はもちろん、「つらい」とか「苦しい」とか「痛い」とか、そういうマイナスな感情も味わえない。
実態が無いので、ものを食う事もできないので、「甘い」とか「からい」とか「おいしい」とか「まずい」とか、そういうのも感じる事はできない。
寒さや暑さも感じる事ができない。
「暇」に耐えられないという「感情」も、本来は無いのかも知れないが。

人類は誕生以来、多くの権力者が「不老不死」を本気で研究したり探したりした。
しかし本当に「不老不死」が実現したら、果たして人間は耐えられるのか?という問題がある。
手塚治虫の「火の鳥」などが、それをテーマにしているが、結論から言えば仮に「不老不死」を人間が手に入れた場合、「精神」が耐えられないであろう事が述べられている。
大人気の漫画である「ジョジョの不思議な冒険」でも、「不老不死」を手に入れた敵が、宇宙のかなたに飛ばされて、それでも死ぬ事ができず、それに人間だった頃の精神が耐え切れずに「考えるのをやめた」という有名な結末がある。

その事からも、人間の精神とイコールであるか、あるいは一番近い存在である「魂」も同様に耐えられないのではないかと。

だからわざわざ「記憶」を消してまで、「終わり」のある「生命」に宿って、不自由な時間を過ごすのだ。

もし本当に「修行」をするなら、何もする事がない永遠の状態に居続ける事こそが、「修行」ではないかと思う。
人類にも、この「何もしない」状態を続ける事を「修行」とする考えがある。
「禅」だ。

まぁどちらにしても、私の考えの方が正しいのか、あるいは魂の修行だと言う人達が正しいのか、確認したり証明する方法は今の人類には無い。
そもそも「魂」や「転生」という前提条件すら、あると証明できていないわけだし。

悪役が居るから正義のヒーローの物語は作れる。
人類全員が、誰も法を犯さず、倫理的に道徳的に優れた「聖人」ばかりの世界になったら、詰まらないわけだw
だから「神」は、わざわざ殺人だろうが強盗だろうが、物理的に「行える」設定で世界を作ったのだ。
というか、少なくとも人間が考えるような「神」なんてものは居ない。
あえていえば、人間の本体である「魂」こそが「神」なのだ。
自分で作った悪い事も良い事も行える「リアル人生オンライン」ゲームを、自らキャラクターに入って遊んでいるのだw

PK可能な初期のMMOオンラインゲームを作った人が、自らも一般のプレイヤーとしてゲームを遊んでいるようなものだ。
ただし製作者としての記憶があると、ゲームを100%楽しめない。
だからわざわざ記憶を「封印」して、初心者としてプレイしているのだ。

転生って何のためにやってるの?って話題がネットに挙がってたので、その答えのひとつとして、提示してみましたという話です。

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