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人様に迷惑を掛けない教

日本は世界的に1・2を争うほど「治安が良い」国です。
海外では日本の治安の良さを賞賛する声が良く聞かれ、なぜ日本は治安が良いのか?と議論される事もあるようです。
また日本人はほとんどの人が特定の宗教の信者ではない、あるいはそれほど宗教に熱心でない、無神論者の国とも評されるにも関わらず、民度が高いことも不思議に思われるようです。

実は日本人は無宗教ではありません。

日本人が他の国の人と一番異なるのが、「人様に迷惑を掛けない」ことに病的なまでに神経質になるというのがあります。
そう、日本人は「人様に迷惑を掛けない教」の熱心な信者であるわけです。

「人様に迷惑を掛ける」事を極端に恐れるから、日本独特の「空気を読む」という習性・能力が必要になってくるのです。
「人様に迷惑を掛けない」というのは、間単に考えれば「自分がされて嫌なことは、他人にもしない」と言えるでしょう。
しかし人間の価値観は、同じ国・民族であっても様々で、必ずしも自分が不快に感じない事でも、他の人にとってはそうじゃない可能性もあります。
だから「空気を読む」必要性が出てくるのです。
この人はこういう事を嫌う、こういう趣向、こういう性格というのを「察する」事が不可欠なのです。
それができないと、他人に不快感を与えてしまいます。
「思いやり」なんてのもそうでしょう。

そして「人様に迷惑を掛ける」ぐらいなら、自分が不便や損を被った方がマシという考え方をする人が多いのも特徴でしょう。

他人の気持ちを考えず、自分の主義・主張を声高に叫んで押し通すのが当たり前の他の多くの国々の人が、日本を理解できない理由がここにあるのです。

テロだの移民・難民問題だのは、この「自分の主義・主張を押し通し合った」結果です。
他人の気持ちを考えて、自分が我慢できるところは譲歩する日本人的な行動をしていれば、テロだの移民・難民との衝突だのは起こりえないのです。

義務教育の社会で習った日本の法律の主なものに、「公共の福祉に反しない限り」という文言があった事を覚えているでしょうか?
これは「人様に迷惑を掛けない」というのを法律用語にしたものと言えるでしょう。
日本の法律が保障している様々な「自由」や「権利」は、すべてこの「公共の福祉に反しない限り」つまり「人様に迷惑を掛けない」範囲内においてという条件が付いているのです。

「人様に迷惑を掛けて」まで自分の思想・信条を押し通そうとする日本の「左翼」とか、あるいは海外だと「リベラル」と言われる人達は、間違っているのです。
少なくとも日本ではそれは通じませんし、支持されないのです。

何の制限もない完全な「自由」や「権利」というのは、てめーの頭や心の中だけなのですよ。

もっとも誰にも迷惑を掛けずに生きる事は不可能です。
「俺みたいなダメ人間は死んだ方が世のため」=「人様の迷惑にならない」と自殺したとしても、警察や救急隊による調査や事故処理など、余計な手間を掛けさせ、結果として多くの人に迷惑を掛けます。
電車への飛び込み自殺とか、本当に迷惑極まり無い行為です。
人は生きるにしろ死ぬにしろ、誰にも迷惑を掛けない事は不可能なのです。
だからこそ、少しでも迷惑を掛けないよう心がける。
多少の迷惑をこうむっても、「お互い様」と許容する。
これが日本独特の「人様に迷惑を掛けない」教の姿なのです。

そもそも他人の事を「人様」と尊敬語なのか謙譲語なのか丁寧語なのかで言うのも、日本独特でしょう。
英語では他人は「You」しかなく、「てめー」とか「お前」とか「貴殿」とか「貴様」とか「あなた」とかアホみたいに種類があるのは、「どう言われれば、相手が一番不快感を感じないか」を考えた結果生まれたと言えなくも無いでしょう。

日本人や日本の根底には必ずこの「人様に迷惑を掛けない」があるのです。
もちろんそれは、数多くある日本人・日本を形作るもののひとつでしかありませんが、非常に大きく重要なものであることは間違いないでしょう。
そういうものを、失わないように気をつけたいと思うのです。

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