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権力とは何か?

権力というのは、前々から述べているが、責任や義務に対する報酬の一種である。

人間の祖先であるサルは群れで暮らす。
なぜなら、サルは熊や虎やライオンなどと1対1で戦って勝てるような、強い生物では無いからだ。
群れを作って暮らす生き物は全て、個体として「弱い」から集団になるのだ。

人間も地球上で一番偉い生命のように振舞ってはいるが、個体として「弱い」部類に入る。
当たり前だが素手で肉食獣と戦って勝てる奴なんてのは居ない。
だからこそ、素手で熊を撃退したとか奇跡のような事が話題になるわけだw

しかし人間に限らず、生物には「個性」や「自我」というものがある。
野生動物だって、個体ごとに「俺はあっちへ行きたい」「いや俺はこっちに行きたい」と意見はバラバラなわけだ。
それだと「群れ」として機能しない。
だから「じゃああいつに決めてもらおう」という事で、リーダーとかボスとかってのが出てくるわけだ。
人間の群れのリーダーと同じように、野生動物の群れのリーダーも、いわゆる「権力」というのを持っている。
群れのメンバーを自分の意向に従わせたり、あるいは餌を多く食えたり、一番最初に食えたりとか。
野生動物の群れのリーダーと人間のリーダーの大きな違いは、それらの「権力」がなぜ自分の与えられているかを、理解しているかしていないかだ。

人間は地球上の生命の中で最も賢いと言われているが、残念ながらリーダーになぜ「権力」が与えられているかは、理解してない奴が多い。
群れのリーダーというのは、群れのメンバー全員を守るという重い「責任」や「義務」を負っている。
だからこそ「権力」を与えられているのだ。
野生動物の群れは、外敵に襲われた時に群れのリーダーが一匹で外敵に立ち向かうのが当たり前だ。
だからこそ、普段から良い思いをさせてもらってるのだ。
そういう「いざ」という時に、飯もロクに食ってなくてヘロヘロだったら群れを守れないから、優先的に飯が食える権利を与えられてるのだ。

しかし人間のリーダーはどうか?
群れのメンバーを守るどころか、犠牲にしててめーだけが生き残ろうとする奴の何と多い事か。
そのくせ、「俺は王様だ」「社長だ」「指導者だ」とえばってメンバーを自分の意向に従わせたり、お金を多く貰える「権利」ばかり主張し要求する。

人間のリーダーだって、最初はそうじゃなかったはずなのだ。
王様ってのは、まだ人間が他の動物とそんなに変わらず、ちょっと賢い程度だった頃の時代は、集団の中で一番腕っ節の強い奴がやってたはずなのだ。
そして、外敵に襲われたら先頭に立って戦ってたはずなのだ。
それがいつしか、安全な場所から指示を出すだけ。
そればかりか、群れのメンバーは主人を守る事が義務であるみたいな、アホな価値観まで生み出した。
騎士道だか武士道だか知らないが、主人を守るために部下が犠牲になるのが尊いとか美しいとか、そんなもん本来は間違いなのだよ。
野生動物のリーダーのように、一人で敵に立ち向かえとは言わないが、少なくとも群れの危機の際には、最前線で先頭に立って戦うのが本来の姿なのだよ。
主人を守るために部下が犠牲になるのではなく、部下たちを守るために主人が犠牲になるのが、本来のリーダーの正しい姿なのだよ。
わかりますかね?
独裁国家やテロ組織や企業のトップのみなさん。

かつて日本で一番広い平野である「関東平野」を支配した「北条家」という戦国大名が居た。
「北条家」は関東平野を支配したその軍事力や戦略の素晴らしさが評価されがち、あるいはそれなのに滅ぼされてしまった跡継ぎ殿様の無能っぷりが有名だが、実は戦国時代においてもっとも「内政」が優れていた大名でもあった。
北条家のどの代の殿様が言ったのか忘れたが、「武士は親であり、領民は子である。親がたらふく食べて、子が飢えるなんて事はあってはならない」と訓示したという逸話がある。
これは、現代社会においても十分通用する、「人の上に立つ権力者が心がけるべきこと」であると思う。
総理大臣だの大統領だのだけの話じゃない。
会社の社長でも、宗教の指導者でも、あるいはその辺の部活や同好会の部長でも、全ての「リーダー」に対して適用できる名言である。

つまり北条家の家訓からすれば、ゴーンは有能でもなんでもないわけだよ。
だって大勢の部下の首を切っててめーだけ何十億もの報酬を得ていたわけで。
どこが有能なんだ、リーダー失格だろって話になるわけだ。

宗教のテロ組織の指導者も同じ。
末端の信者に爆弾抱えて敵に飛び込ませておいて、てめーは安全な場所に隠れて指示を出すだけなんて、指導者として失格なのだよ。
むしろてめーが爆弾抱えて、敵に飛び込めって話だよ。
それでこそ、さすが指導者って言われる行為なんだよw
別にテロを擁護したり、賞賛するつもりはないけどねw

反乱や暴動は悪いこと、日産のはクーデターであり悪い事だみたいなの。
そもそも間違い。
リーダーが責任や義務を果たしてないから、反乱だの暴動だのクーデターだのが起こるの。
一概に全てがそうとは言わないけど。
末端の社員が結婚もできない、将来の貯金もできないどころか、食うのさえやっとの薄給で重労働してんのに、創業者だかなんだか知らないが、トップの人間が何億円もの報酬を貰って左うちわで暮らしてる。
そんな奴を「有能だ」と評価するアホの何と多い事か。

そもそも会社でも国でも、いくらすごい才能を持った優秀な社長なり王様なり大統領だったとしても、てめー一人じゃ何もできないよね?
年商何十億円の会社の創業者にして社長とか、テレビでよく紹介されてる人とか見るけどさ。
その何十億円って、従業員が一人も居ない状態で、てめー一人で稼いだの?ってw
てめー一人の手柄じゃないよね?
少数で多数を撃破した、名指揮官とか将軍とか武将とか、神様のように尊敬されるけどさ。
てめーが一人で何百人も何千人も敵を倒して勝ったわけじゃないよね?

全て名も無き社員や兵士やメンバーが、がんばったからこその結果であって、てめー一人の手柄じゃねーんだよ。
そういう勘違いをしてるから、あるいは周りが勘違いさせるような評価をするから、人間のリーダーってのはどんどんおかしくなっていったんだよ。

ねぇ、リストラを肯定する人達に聞きたいんだけど、お前は食い物が少なかったら子供には一切食わせずに親であるてめーだけが食う?
家族の長である親が死んだら、家族そのものが崩壊してしまうんだから、俺が生き残るために子供であるお前らは飢えて氏ねなんてやる?
やらんよねw
むしろ逆だよね?
親分・子分って言葉があるように、上に立つ人間ってのは「親」なわけよ。
そして末端の社員だの兵士だの国民だのってのは、「子」なわけ。
「子」を犠牲にして「親」が生き残るのが、いかにおかしいか分かるよね?
リストラするなら、まずてめーが辞めろと。
今までの高額な報酬で買った広い家も、退職金も貯金も給与も全て返納して、てめーとてめーの家族がまずホームレスになれと。
そこまでできる奴が、真のリーダーだよ。
経営者だよ。
創業者だよ。
社長だよ。
CEOだよw

人間は全て平等であるべきだ。
そういう思想の共産党みてみなよ。
旧ソ連や中国や北朝鮮や、あるいはナチスだってもともともは社会主義政党だったわけだけどさ、そういう連中だけじゃないよ。
日本の共産党だってそうだよ。
共産党の党員全員が、同じレベルの生活してますか?
全員が一戸建てに住んで、車も持ててみたいな生活してますか?
そうであるなら、党首が一戸建てに住んで外車の自家用車を乗り回してても、納得はしますがねw

共産主義を唱えるなら、党員全員から全財産を収めてもらって、それを党での地位や役職にかかわらず、あるいは普段の職業や稼ぎに関わらず、平等に分配して、みなが同じ生活レベルで生活するのが正しい姿なんじゃないんですか?
それが真の共産主義じゃないんですかと。

自由だ平等だ差別の撤廃だ、環境保護だ生物保護だ、反戦だなんだ、そういった「左翼」連中も同じなんだよ今の時代は。
今の「左翼」ってのは、金や権力が無い連中が、金や権力のある連中に取って代わって、てめーがそういう身分になりたいだけ。

ぶっちゃけ、国民が飢えなければ、絶対王政だろうが独裁だろうが許されるんだよw
飢えてる国民が居るような国は、いくら民主主義で選挙やってます、俺らは正しい選ばれた権力者ですって言ったって、ダメなんだよw
権力者失格なんだよw

未だに王政な国も世界には少なからずあるけど、いくら民主主義だか先進国だかしらねーが、飢えて犯罪しないと生きていけないような国民が居るようなとこが、独裁王政かもしれないが国民は誰一人として飢えてないし、王様に対して不満が無いような国を、独裁は良くないなんて批判できる資格はねーんだよw
分かるかな、欧米の諸君はw

日本も国民に誰一人餓死者が出てない国ではないし、ホームレスも存在する。
犯罪しないと生きていけないような、社会不適合者も居る。
でも、先進国でありながらスラム街が存在する欧米や、その他の準先進国なんかより、遥かにマトモな国と言えるんだよ。
安倍がダメなら世界中の国家元首は、みんな元首失格だよw

あまり有名ではない戦国武将に、西日本の大大名であった毛利家の武将で、「清水宗治」という人が居る。
この人は、豊臣秀吉にだまされた形ではあるが、包囲され、兵糧攻めされて落城寸前だった城に居た兵や民を守るために、秀吉の「お前が腹を切れば、お前の部下や領民は助けてやろう」というのに従って、腹を切った城の最高責任者だ。
秀吉はその後、言ったとおりに包囲を解いて、篭城していた兵や民は助かったわけだが、それは単に本能寺の変で信長が死んで、後継者争いの戦いにとっとと行くためだったからに過ぎないわけだがw
このあまり有名でない「清水宗治」こそが、リーダーの真の姿と言えよう。
たった一人の武将が、犠牲になる事で多くの部下や領民の命を救ったという、まさにリーダーとしての責務を果たした人間である。
なぜこの武将が、他の戦国大名や武将より評価されないのか、不思議でならない。

「鬼島津」として有名な、戦国末期の島津家は、その勇名を轟かせたのが、関が原で負け側に付いていたために、合戦が終わった時に遠い九州の鹿児島まで逃げ帰るのが困難になった。
そこで、残ったわずかな手勢とともに、なんと敵の只中に突撃して強行突破し、見事に大将だった島津義弘が帰国できた事で、勇名を馳せたわけだが、これも本来ならほめられたことじゃない。
むしろ大将が自ら「ここは俺が一人で敵を引き受けるから、お前らは何としても国へ生きて帰れ」と犠牲になるのが、本来の大将のあるべき姿なのだよ。
多くの部下を犠牲にし、自分より遥かに若い甥で将来を期待されていた「島津豊久」を犠牲にしてまで生き延びた島津義弘は、名将失格なんだよね、本来は。
まぁ自分も薩摩人の血が1/4は流れてるので、島津家は好きだし、島津の武将も好きだけどねw

人類は、もう一度原点に立ち返って、なぜ権力者というものが必要なのか、なぜ権力者には権力が与えられているのか、それをよく考えるべき。
そのうえで、正しい「権力者」を評価し、間違った「権力者」を非難すべきなんだよ。

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